「つながる」時代の孤独が社会を蝕む 2
‘イスラム原理主義などのテロ事件を考察して
「つながる」時代の孤独が社会を蝕む1より続く
根本的な原因は、
これまで述べたように、割に合わない戦争と分かっているのに止められない点を考察すれば良い。
9.11の事件でアメリカ合衆国国民のほとんどは報復を望んだ。ベトナム戦争の経験やパレスチナ紛争からすでに学んでいたはずなのに、莫大な戦費を負担してでも戦争を望んだ。これは人々が憎しみにとらわれ、大きな傷の痛みに耐えられず、正気を失ったからだ。スターウォーズに出てくる暗黒卿が銀河を戦争に導くために画策し、人々が戦争を求めたときと同じだ。ヴィンラディンはアメリカ合衆国がタリバン相手に戦争を始めたのを見て暗黒卿のようにほくそ笑んだはずだ。タリバンを相手にするなら、ソ連撤退後に何度もチャンスがあったはずなのに、アメリカ合衆国はそれまでタリバンを放置し、かつての盟友だったムジャーヒディーンを裏切って、救いを求める声に応えなかった。それなのに、1テロ組織の罪をアフガニスタンの支配政権に転嫁して、戦争を始めた。これは、罪人の家族に罪を負わせるより、もっと悪質な国民処罰である。
アメリカ合衆国の好きな、法律学においてもこの戦争動機は間違いとわかるはずなのに、人々は戦争を望んだ。
これは、アメリカ合衆国が異常なほど軍事的に肥大した国家であることと、人々の心理が、すでに人間的な情感を失い始めているからなのだ。
インターネットでは情報はインタラクティブに取得しなければならない。Googleで検索するにしても、必ずユーザーからの何らかのアクセスがあって情報が手に入る。通常、インタラクティブな情報取得はコスト(手間)がかかる。しかし、それをGoogleは極限までコストを下げ、インタラクティブな情報であるにも関わらず、洪水のように情報を流すことが出来るようになった。
一見、インタラクティブに自己誘発的に情報を取得しているがために、その情報はプライベートな世界へ受け入れられる。
かつて、ほしい本を探すには書店や図書館へ出向き、司書と話したり、検索カードを手でめくったりしなければならなかった。そうして手にした本は、例え期間限定で借りている本でも、自分にとって愛すべき個人的なものになる。情報への個人的な関わりが、情報の個人にとっての価値を高めているのだ。書籍の数は膨大で、一生に読める本の数は限られていて、全部の本を比較できないので、自分が出会った中で評価することになる。インターネットのランキングでないので、常に個人的な限界の中で評価される。評価が普遍的でないことが、その本に個人的な付加価値を与え、多様性が許容される。
このような個人的な関与の制限が取り払われ、一見すると、個人が全世界の情報を俯瞰している。そのように、誰もが神の目を持っているのだ。そんな時代なのだ。
Google Mapは全世界の航空写真を見ることが出来る。全く、神の目である。これを見ると錯覚してしまうのではないだろうか。自分は全世界を見ていると。人も何もかも知ったつもりにならないだろうか。アフガニスタンのカンダハルの村人が道路の爆弾の警告を伝えても、無人機からの偵察映像を信じるようになっていないだろうか。その村人の情報は正確でないかもしれないが、伝え聞いた情報で捜索隊が出て、人から伝えられた情報で兵士が救われたなら、それは村の掌握につながるのではないだろうか。道路に不審なものを運ぶ赤外線映像だけで爆撃を判断すれば、村人には何も伝わらず、兵士の犠牲の大きさも知らずに終わる。
米軍が衛星から無人機までを使い全世界を監視できていると思っている感覚、米政府が電話やインターネットのゲートウェイを盗聴することで全世界の会話を盗み聞きしていると思っている感覚。これと全く同じものを、今は個人も持っているのではないだろうか。
情報は検索するだけでは、一面的な価値しか持たない。情報検索とは、そもそも、情報をある次元、要素、列から取り出すだけである。つまり検索された情報はその時点で限定的で、序列化されている。情報を序列化するには、本来、その人個人の、情報への多元的な価値観が反映されないといけないのに、Googleの検索では、Googleの検索エンジンの言語解釈とGoogleの経済的な欲求による恣意的な選択でのみ評価されている。
検索する個人は、本当は個人的に重要な情報を求めているのに、知らずにGoogleの言語解釈という普遍的な価値観を押し付けられることになる。これを、自分が選択したと思うところに重大な落とし穴があるのだ。人はGoogleの検索結果を自分が選択した情報だと錯覚しているのだ。
Google Mapの地図でも、あまりに網羅的に見えるので、人はまるでその全土見ているつもりになってしまう。ハッブル望遠鏡で観測されたという星はすべてNASAで画像処理され、特定の周波数のみ強調して、人間に分かりやすい色を付けている。もし、本当に人間が神の目をもって、宇宙を覗いたとしても、ハッブルの写真で見たような星雲は探すことは出来ない。Google MapでもGoogleが解釈した映像処理をまるで自分だけが知ったように見てしまうのだ。
このようなネットワークからの情報は画一的で普遍的な価値観でのみ序列化されるので、莫大な情報に接しながら、人々は極めて単純化された一元的な価値観を形成するようになるのだ。
例えば、貸倉庫のような商売をしている場合、店の名前が○○倉庫という名前であっても、被検索キーワードの検索数で最も多いのが「トランクルーム」ならサイトでの店の説明でもトランクルームという言葉を使わざる得ない。大阪には25の区があるが、「ミナミ・キタ」という地域名が一番普及しているので、地域にもどちらかを使わざる得ない。このようにGoogleによる検索が、情報の一元化を過度にすすめ、情報の多様性を失わせているのだ。
自己誘発的なので、人はその情報を個人的に受容しながら、実は画一的な価値観に占められていくのである。この画一的な価値観は、インターネットのより大衆的な部分によって決まるので、先導的で短絡的である。インターネットでは長文の論説は検索されない。Googleのエンジンであっても1000語程度の長文すらまともに解釈できないし、そもそもコマーシャルな目的を持つGoogleはそのようなコストを許容しない。消費者の注意喚起にはより短く、感情的なコメント、写真、動画の方が効率が高いからだ。このために、解釈にかかるコストの高い情報は排除され、センセーショナルな情報が全体の価値観として共有される。
テロリズムではその犯人を悪と決めるのが最も安い判断になる。目には目をの報復戦略は最も安く感情に訴えやすい。人はなかなか自己を顧みて、自己を否定するような情報を探さない。トラブルがあれば、何か敵の悪い点や弱点を探す方が安易だからだ。
テロリストがイスラム教徒で、「イスラム」なにがしと名乗れば、イスラム教全体を悪と見るのが一番簡単な解釈だからだ。平凡な大多数のイスラム教徒の日常生活など一顧だにされないだろう。
グローバルリズムや、時に進歩・民主主義・自由などのキーワードで情報が淘汰され、複雑な情報は善悪に単純に分けられてしまう。スターウォーズが大衆に受けるのは、どんなに複雑な種族や世界が出てきても、結局は善悪に分けられるからだ。指輪物語も、内容は複雑で、面白い点は指輪に関連しない物語にあったりするが、ハリウッドの映画では白黒に分かれ戦うことだけが描かれる。
インターネットの情報では、知らずに扇動的な情報に洗脳され、善悪、敵味方に二元化された立場になってしまうのである。
「つながる」時代の孤独が社会を蝕む3へ続く
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