「つながる」時代の孤独が社会を蝕む 1

‘イスラム原理主義などのテロ事件を考察して

イスラム原理主義組織などが起こすテロ事件や戦争が続いている。

これには、短期的・近視眼的な考察と根本的な原因考察が可能である。

短期的・近視眼的には、
これらのテロリズムの発生源が中近東に集中していることを考えれば原因は明瞭である。
これまでアラビア半島近辺の石油生産の富が前近代的な社会体制を維持してきた地域である。
この地域の人々はいまだ専制的な君主制に似た政治体制のなか、地域的な地主制度の下に拘束され、比較的教育レベルが低く、失業率が高い状態で生活している。極度に男女不平等で、弱者の人権が保障されていない。
例えば、このような社会の欠陥がニューヨークであれば、それは即座に治安問題に発展することは明瞭である。
ニューヨーク市などアメリカの大都市では、貧困地域へ教育・雇用・福祉保障を集中投資することで犯罪を抑制している。

我々はテロ事件や戦争などによってはじめて中近東へ目を向けるが、実際には、ずっと以前から問題は存在し、それは極めて危機的なのだ。極度に石油資源にのみ関心を持っているので、そこに存在する問題が見えなくなっているのだ。
サウジアラビアでは女性が車の運転ができない。また多くの国で女性の参政権が確保されていない。このようなことが、グローバル社会の中で放置することが、社会をゆがませ、人々の心を蝕むのだ。

イスラエル・パレスチナ地域の紛争もいまだに解決できていない。
ヨーロッパでのユダヤ人差別の犠牲を中東の一地域で償おうとしたこと。このことの根本的な無責任さを自覚せず、欧米社会が彼らに発言しても聞く耳を持つはずがないのだ。
イスラエルのあり方はアメリカ合衆国の世界での立ち位置とほぼ同じだ。突出した軍事力と科学技術によって、力づくで秩序を押し付ける。これはものすごくコストパフォーマンスの悪い、非効率的な方法である。イスラエルは世界有数の技術力を持ちながら、そのほとんどを軍事力にのみ注ぐので、社会はアメリカ合衆国に依存したままで、アメリカ合衆国に結びつくユダヤ人にしかその恩恵はもたらされない。全く、シェアすることを知らないのだ。

類人猿のチンパンジーでさえ、腕力に優れたボス猿でも、エサを独占しようとすると地位を維持できないことを知っている。
自然界は厳正な生存競争の世界なので、本当に効率的で価値のある者しか残さない。その中でサルの社会がこのような分け与える機能を持ったのは、その方が有利だからだ。

これは、パレスチナ問題でも同じことで、本当はパレスチナにアメリカ合衆国からの富を分け与えることが問題の解決に結びつくのだ。おそらくイスラエルやアメリカ合衆国の指導者はそのことを知っている。
しかし、傷を負った人々の心は、一切れのパンさえ分け与えるのを拒んでいるのだ。
イスラエルは現在も全国民が徴兵され、常時戦争状態にあるが、国民の半数は戦争の続行に賛成している。これはほとんど狂気の世界だ。50年前には存在しなかった国に住むために息子を戦争に送り、娘がロケット弾で死んでも構わないと言っているのと同じだからだ。
既に、彼らは本当に子孫が無事に生きていくことを願う自然な本能より、子供を殺した敵への憎しみを優先しているのだ。
これはパレスチナ側も同じことだ。

もし、アメリカ合衆国がアフガニスタンへ兵士でなく、教師や医師を送り込んでいればどうなったであろうか。戦車やミサイルでなく、本や薬を、軍事基地でなく学校や病院を建設していればどうなっていたであろうか。
アメリカ合衆国の利益にならなくとも、アフガニスタン国民にとってはきっと今より幸せになり、アメリカ合衆国はもっと尊敬されていたはずだ。
アメリカ合衆国がイラク・アフガニスタン戦争につぎ込んだ戦費は1兆ドルに上ると推定されている。これは通常の国防予算とは別にかかっている金額で、この金額自体はアメリカ合衆国の国防にあまり寄与していない。
アメリカ合衆国では戦費は議会承認が必要なく、財政支出削減の対象にもなっていないので、ペンタゴン(国防省)は削減された費用を何でも戦費に加え、結局のところ国防予算は削減されていない。正規の戦車の調達は行わないが、その代わりに多量の対地雷装甲車
を発注して、軍事産業を潤しているのだ。

日本のODAは2014年度で約5000億円、ユニセフの年間予算は10億ドル、国連開発計画(UNDP)の年間予算は50億ドル程度、なので、アフガニスタン・イラク戦争戦費が1兆ドルというのはべらぼうに高いコストなのだ。年間1000億ドルとしても国連の各種開発援助の総額を越える。
例えば、戦費の全額でなくとも、例えば1割でも教育と福祉につぎ込めば、イラクやアフガニスタンの様子は変わっていたと言えないだろうか。

アメリカ合衆国がアフガニスタンに関わったのはソ連が侵攻してからで、ソ連が撤退すると再び無関心を決め込んだ。本来的に無関心なのに、戦争においてはむきになってやる、異常だ。国づくりを応援するのに、こんな断続的で短絡的な関わり方が良いはずがない。
その間違いを差し引いても、この戦費は異常で、もっと他にやり方があったはずだ。100の学校、100の病院を建てて、その99が無駄になっても、一つの学校からマララさんのような女性が生まれれば良いし、1つの病院でも、救った命があれば良いのではないだろうか。
いみじくもマララさんが語るように、爆弾は憎しみしか生み出さないが、学校や病院は優しさと進歩、ひいては平和を生み出すことを我々は知っているはずである。

現在、アフガニスタンやイラク、シリアがテロリズムの元凶になってしまっている。どの国も、かつてアメリカ合衆国やソ連が戦争の先兵として援助して、独裁政権を育て、国民を犠牲にしてきた国だ。過去の間違いを1回の戦争で解決しようとせず、本気で関心を持って償うべきだ。
今のような、対テロ戦争のような方法ではテロリズムは根絶できない。

「つながる」時代の孤独が社会を蝕む 2へ続く

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