「ブラス!」「シーズン・チケット」才能有るイギリスの下町の監督 マーク・ハーマン(Mark Herman)
‘かなりのイギリス映画好きな方だ。
古いイギリス映画も007シリーズも、少し範囲は広いがアイルランド関連ものやBBC製作のTV映画なども良く見る。
そして、それらへの評価はかなり甘いほうだと思う。
チャップリンから始まり、
リチャード・アッテンボロー、アルフレッド・ヒッチコック、ケネス・ブラナー、ロジャー・ミッチェル。
イギリスの監督だというだけで多少贔屓をしてしまう。
でも、ニューウェーブ以降の、何かパンク文化に迎合したような映画が流行って以降は裏切られることが多い。
イギリス人は対して思索しないくせに、まるで哲学者のように悩み苦しむような映画が多かった。
だから、知っている監督・俳優のイギリス映画しか本気にチェックしていなかった。
そして、ピート・ポスルスウェイトが主演の「ブラス!」を見たのだ。
最近、このピート・ポスルスウェイトが死んだ。「父の祈りを」を初めて見て感動して以来、このアイルランド人の頑固親父の大ファンだった。
「父の祈りを」は子供の頃に見たが、父を失い、自分が父親になって見ると、また、別格の感動がある。
良い仕事をしました。
「ブラス!」、
廃坑になる炭鉱のブラスバンド部のリーダー役のピート・ポスルスウェイトが期待通りの役どころで、ストーリーも期待通りの展開。
何も変わったところは無いけど、実話を元にしている映画らしいリアリティを維持しつつ、十分ドラマを加える手法が抜群である。
廃坑になる炭鉱に支えられた街の貧しい人々の暮らしのエピソードが骨格のドラマをしかっり支えているのだ。
これには、スター・ウォーズのユアン・マクレガーも出ている。
この「ブラス!」の監督がマーク・ハーマン(Mark Herman)で、
「シーズン・チケット」も彼の作品である。
同じく、イギリスの下町を舞台に、不良の少年(高校生、学校は行っていないけど)2人が、大好きなサッカーチームのシーズンチケットを手に入れるために奮闘する話である。
これも、良くあるパターンであるが、ちりばめられたエピソードのリアリティが全く違う。役者の質も全く違う。
もし、米国で同じものを作っても同じような作品にはならなかったと思う。
喫煙はもちろん、飲酒、クラブ通い、あげく麻薬まで、子供たちが平気でやっている。さらりと描く。
悪辣な父親による虐待も、米国映画ならじくじくと湿った感じで描くであろうが、こちらは、当事者にとっての日常の一こまとして描く。
どんなに悲惨な現実でも、それを体験している当事者にとっては生活の一こまである。
父親が母親を殴り、姉をレイプしても、次の日にはお茶を沸かしてご飯を食べることだろう。それが現実である。
だから、この映画はしつこく描かない。
悲惨をしつこく描くと、じめじめした、大仰な、ラストに復讐の必要な作品になってしまう。
非現実的だ。
この作品のリアリティは後で効いてくる。
現実の悲惨さに、後から慄然とするのだ。
サッチャーがあれだけ労働者を首にした現実、
国鉄の民営化を何百と行ったような大改革⇒大弾圧だった。
麻薬が犯罪と認識されない社会の現実、
未成年なら逮捕すらされない。成人でも留置程度。売買でも刑務所に行くことはまれ。
実際、ロンドンの中心以外の場では普通に麻薬をやっている人が幾らでもいる。
寛容というより退廃しているのである。
こんな現実に鳥肌が立つほど恐ろしくなったころに、御伽噺のような希望の有るエンディングを迎えるのだ。
これは、描かれるイギリスの貧しい人々のための作品である。
悲惨に生きる人々へ希望を与える御伽噺です。
ちなみに、それぞれのネタバレあらすじですが、
「ブラス!」では、
バンドの指揮者でリーダーのダニーは決勝を前に病気になり入院する。
炭鉱の廃坑で収入を失い決勝に行くお金が無いので一度は出場を断念するが、ヒロインのグロリアが炭鉱会社を辞めた退職金を費用に寄付する。
そのお金で出場しバンドは優勝する。ダニーも病院を抜け出し、表彰式で演説する。目出度し目出度しである。
「シーズン・チケット」では、
シーズンチケットのために強盗までした二人の少年はついに警察に逮捕される。
しかし、未成年に緩いイギリスでは強盗未遂でも社会奉仕だけで済むそうで、二人は今シーズンいっぱいの社会奉仕を命じられる。
老人へのケータリングをする二人の訪れた家は、大好きなサッカーチームのホームスタジアムを見下ろすマンションの最上階。
そこの老婦人に紅茶を入れてもらい、ベランダからチームの試合を観戦する二人であった。
これまた目出度しである。
「ブラス!」、「シーズン・チケット」、「父の祈りを」の順番で見るのがベスト。
「父の祈りを」マーク・ハーマンではないが、ピート・ポスルスウェイト、ダニエル・デイ=ルイス出演のケルト人には外せない傑作。これも実話に基づく話。
ついでに「リトル・ヴォイス」も見るべし、ハッピーエンドはこうあるべき。
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