最近のノンフィクション2冊 今世界で起こっていることを知る

‘「フォト・ドキュメンタリー 人間の尊厳――いま、この世界の片隅で」
林 典子 著・写真
岩波新書

「戦場の掟 Big Boy Rules America’s Mercenaries Fighting in IRAQ」
スティーブ・ファイナル Steve Finaru
伏見 威蕃 訳
出版 講談社

最近読んだ本の中で、多くの人におすすめ出来る、分かりやすく興味深いノンフィクションを2冊。読んで明るくなれる本ではないが、現代を知るのに必読ではあろう。

「フォト・ドキュメンタリー 人間の尊厳――いま、この世界の片隅で」の作者・写真の林典子さんは写真家。先般、世界的な報道写真の賞であるNPPA(全米報道写真家協会)の「Best of Photojournalism、Contemporary issue story(現代社会の問題部門)」の1位になった若い世界的な女性報道写真家です。
受賞した写真はキルギスでの誘拐結婚を報道した写真で、女性らしい細やかな思いやりの視点と、それに相反する冷徹な観察者としてのフレームの切り取り方が見る者の心を一瞬にして掴み取ります。

キルギスの誘拐結婚 Ala Kachuu

この写真やパキスタンの硫酸被害の写真は有名なので、写真は知っている人も多いと思います。ナショナルジオグラフィックなどのTVでも何度か特集されていました。
本来、報道写真を見るなら、大きな印刷版の写真集が良いのですが、彼女の場合、その写真へ至る道を知ることが、写真の世界と自分との距離を近くしてくれるのです。

林典子さんはアメリカ合衆国への大学留学中にアフリカへの研究・ボランティア活動をきっかけに写真を撮り始めます。つまり、写真を撮ることが目的で写真家になったのではなく、世界の各地で苦しむ人々へ寄り添いたい、そのために彼らを知る事、理解することが目的で、写真は、それを伝え、仕事して行えることへの手段を提供したのでした。

我々がシリア難民を見るときに抱く思い、同じ人間として共感する、しかし、そのすべてに当事者として関われるわけではない。そんなふつふつとした焦燥感を同じように感じて、それが次第に「林典子」という報道写真家を作ったのかと思った。

パキスタンでは求婚を断ったなどの理由で女性の顔へ硫酸をかけるという事件が頻発している。

硫酸に焼かれた人生 パキスタンの女性たち

「報道写真家」林典子はその焼けただれた顔を写真に撮る。まさに衝撃的である。そして、そこでさらに驚くのが、撮影者と硫酸で焼けた顔の女性の近さである。
被害を受けて病院へ担ぎ込まれた女性が、入院中に林の取った他の女性の写真を見たいと言う。それが普通の心情なのかどうか、当事者でなければ理解できないが、確かにあるのは、被害女性たちの林への共感である。撮影される人が林に心を開くから、我々はその写真を通じて、被害者が私たちと同じように痛みを感じる人間なのだと共感できるのではないだろうか。

この新書版では、写真にまつわる話が時系列に読め、林典子さんのプロの報道写真家への成長も分かる。


「戦場の掟 Big Boy Rules America’s Mercenaries Fighting in IRAQ」は訳者が伏見威蕃だったから手に取った本だった。彼は「ブラックホーク・ダウン」マーク・ボウデン著の翻訳者で、軍事的な用語も正確に訳文にするので非常に信頼できる翻訳者である。
でも、今回は、上で紹介した林典子さんの本と共通する魅力を発見した。

こちらも決して明るい話ではない。イラク戦争後のイラクでの「民間軍事会社」についての本である。
民間軍事会社ではブラックウォーター社などが有名で、いわゆる傭兵会社のことを書いた本はたくさんある。その中で特にこれを紹介するのは、作者が、描かれる民間軍事会社の社員、すなわち傭兵に心から共感しているからだ。作者の被写体への共感・寄り添いは林と同一のものであり、それが読み手をその世界へ近づけ、その別世界のような本当のことを、自分に関係のある現実として教えてくれるのだ。

この本で特に魅力的に描かれる傭兵がいる。明るくさわやかな青年で、自分の何であろうと人と共有しようとする。ジョン・コーテ23歳、フロリダ大学で会計学を学ぶ大学生、米軍パラシュート部隊でイラクに従軍し、陸軍の奨学金制度を受けて大学に入学した。
その生活ぶりを読むと、彼がアドレナリン中毒で、自分から危険に飛び込むタイプだと分かるが、決して「戦場の犬たち」ではない。学費を稼ぐ目的と退屈から逃れるためにイラクで傭兵になったコーテに会えば、私でも好感を抱くだろうと思う。どこにいても明るく笑っている青年なのだ。

コーテの勤めるクレセント・セキュリティ社はイラクへのコンボイ護衛中に他の社員5人と共に拉致され、数年後に死体で発見される。
日本人も誘拐され殺害されたイラクだから、このようなことは他でも沢山起きていることは分かっている。しかし、作者はそれを他人事として描かない。彼自身も家族と生活を捨ててイラクと言う危険へ飛び込む破綻者なのだ。

傭兵は月に1万ドルも稼ぐが、これでも安くなった方なのだそうだ、イラク戦争直後はなり手は元特殊部隊の隊員だけ、1日に2000ドルが相場だったが、そのうち、銃を片手に危険に飛び込みたい人はいくらでもいることが分かってこの値段に落ち着いたそうだ。

イラク戦争での戦争のアウトソーシング(この言葉は米軍が正式に使っている用語)の問題はさておき、傭兵になろうとする人々がいるという現実は素直に理解すべきだろう。若く、社会に少しの不満とたっぷりの自信がある人は誰でも冒険するものだ。これが100年前なら南極やアフリカの奥地へ探検していたかもしれない。

病巣は、戦争が金儲けの手段になってしまっているということだ。
死んだジョン・コーテの父親フランシス(彼も元軍人で湾岸戦争に従軍した)は息子の葬式で話したことが的をついていると思う。『志願兵が100%という米軍が抱える最大の問題点は兵力不足、それを補い、コストを隠ぺいさせることで、口の堅い民間軍事会社の資産が膨れ上がる』
つまり、米軍は、米国と同盟国の市民から徴収した税金を集め、戦争と言う目的を作り出し(大量破壊兵器根絶など)、それを戦地の支配者(家族は安全な欧米にいる)と巨大企業に流し込んでいる。その流通でお金の代価は人々の命であるが、傭兵の命は安く、戦場となった地の人の命はそれよりもっと安い。
民間軍事会社が月に何十人も死者を出しても莫大な利益を上げられるのは、護衛するコンボイのトラックの中の荷物を運ぶ会社が、傭兵の給金を払ってもなお、荷物が高く売れるからだ。その荷物を買うのは米軍であり、ボランティア組織、国連、イラク政府である。そして、それらが支払いに使うお金は日本が人道支援のために拠出した税金であったり、イラク支援のために募金したお金なのだ。

イラク戦争に伴って作り出されたこのシステムは、傭兵と戦う相手のISISなどのテロ組織でも採用されている。血気盛んな欧米の若者傭兵が原理主義志願者に成り代わっただけの図式だ。
アメリカ合衆国とその同盟国は、いわば、自身の影と戦っているようなものなのだ。




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